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津金美奈さん

自分で一式揃えた
成人式の着物

19.03.02
HIROSHIMA

2015年、30歳でカフェ「キプフェル」をオープンさせ、なかなか入れない人気店にまで育てた津金美奈さんは、小さな体でやさしい話ぶりからは想像できないほどパワフルな人だった。その活動的な性格は、津金さん以上にパワフルかもしれないお母さんの影響なのかもしれない。

--メイクアップアーティストに憧れて

津金さんは1985年生まれ、2015年、30歳の時に「キプフェル」をはじめた。

「店名のキプフェルは三日月型をしたお菓子のこと。満月のような強い存在感ではなく寄り添うような、ふと気付いたら生活の中にあるようなという意味で名付けました。」

そうやさしく話してくれた津金美奈さんは、広島生まれ広島育ちで、高校を卒業後ヘアメイクの仕事がしたくて専門学校入学とともに上京。小学校の頃からお母さんのネイルアートをしてあげるような子だった。

「小学5年の時に母がネイルアートの道具を買ってくれて、当時販売員をしていた母の爪にやってあげていました。職場で褒められたよと報告してくれて、うれしくなってのめり込んでいきました。高校生になると自分のおしゃれに目覚めて、若いうちに東京に行って今しか経験できないことをしておこうと思ったんです。料理やお菓子作りも小学生からずっとしていて、すごく好きだったんですけど、料理はいつでもできるかなと思っていたのもありました。」

ネイルはファッション的なことというよりも、小さい世界に没頭して作るという作業的な感覚が津金さんの性格にあっていたという。専門学校卒業後、フリーで仕事をもらいながらアシスタントにも付きプロの世界で過ごし始める。

「雑誌に載ってるいようなヘアメイクの仕事がしたくてアシスタントにつきました。『ViVi』とかCMの仕事をよくやっていましたね。そこでいろいろ勉強させてもらい、個人的にブライダルのお仕事をいただいたりしていました。」

--22歳で結婚し、長野へ移住、そして広島へ。

約2年間ヘアメイクの仕事をし、22歳で結婚。東京で仕事をしながら22歳で結婚となると、早い結婚だ。

「早く子どもが欲しかったんです。親が仕事で忙しくて家にいない家庭だったので、子どもが家に帰ってきたとき、手作りのおやつを用意して子どもを待ってる親でありたいと思っていたんです。自分は子どもに寂しい思いをさせたくないと思っていたけど、突き詰める性格が抑えきれず、家に収まったままではいれなかったんですが(笑)」

結婚した津金さんは、旦那さんの実家がある長野へ移住。長女が生まれ、子育てに奮闘する。

「結婚してから、彼の実家のある長野に引っ越して、子どもが生まれ1年弱住みました。すごくのどかな所で、湖のすぐそばに家があるようないい環境だったんですが、子育てをしながら、新しい土地で1人も友だちがいなくてしゃべる相手もいないのがしんどかった。当時リーマンショックの影響で、住んでいた地域の経済が冷え込んだこともあって、広島に行こうと夫と話をして引っ越しました。」

--お好み焼きにドハマリする夫

妻に縁のない長野への移住から、夫に縁のない広島への移住。環境が変化していく。旦那さんは新しいことに喜びを見出し、むしろハマっていった。

「いま夫にはお店を手伝ってもらっていますが、引っ越してきてすぐは、うちの母が田舎の方でやっていたお好み焼き屋さんをしばらく手伝っていました。夫は広島風のお好み焼きを食べたこともなかったのに働いたらどハマりしてしまって、突き詰めたいと町のお好み焼き屋でも働くようになったりもしました。いずれは自分でお好み焼き屋をやりたいって言っています。」

広島は旦那さんの肌に合ったようだ。18歳で広島を出て、長野を経由し、23歳で広島に戻ってきた。二人が出会った東京に戻るという選択肢もあったのではないだろうか。

「東京と長野、両方に住んでわかったのは、都会過ぎるのも田舎過ぎるのも合わないということでした。東京は楽しいけど疲労感もすごかった。逆に田舎過ぎても刺激が足りない。そういう意味で広島ってすごくちょうどいいんですよね。両方ある。子育ても手伝ってくれる人が周りにいてくれたらというのも思っていたので、家族のいる広島を選びました。」

広島に戻ってきてもヘアメイクの仕事をすることはなかった。東京の2年間でやり切った感もあったし、まずは子育てという気持ちだったという。そんな津金さんを支えることになるご家族、特にお母さんという人はとてもパワフルな人のようだ。

--圧倒的にパワフルなお母さんの存在

「いまもお好み焼き屋さんをやっているんですが、とにかくすごいパワフルで、休まずにずっと働いています。小学生のときに両親が離婚して父は別で暮らしています。だから母子家庭として育ちました。生計は母親が立てていたので、私が中高校生の頃は、三つぐらい仕事を掛け持ちしていたと思います。家にいなくて寂しい分、尊敬もしていました。」

津金さんが家にい続けることができず、こうやって働き続けているのは、お母さんの影響かもしれない。やはり親子は似るようだ。

「血は争えませんね。覚えてる母は、いつも寝てます。家に帰ってくるとすぐ寝て、起きてまた行くみたいな印象です。疲れているから休みに遠くに行くとかもありませんでした。でも私も高校生になると、掛け持ちでバイトを始めて、日曜日は朝6時から夕方9時まで働いたりもしていました。自分で使うお金は自分で稼がなくちゃと。入学式の帰りにはモスバーガーにバイト募集してませんかと駆け込んでいましたから。」

バイトを掛け持ちしていたのは、高校に入る頃には東京に行くことを考え、貯金をしようとしていたからだった。バイト先は年上の人ばかり、かわいがってもらえて、いろいろな新しいことを知ることもできた。働くことが楽しかったのが話を聞いていてわかる。

「父方の祖母が昔から飲食店をしてるんです。今もまだやっているんですけど、小学生の頃、そのお店のすぐ裏に家があって遊び場というとお店なんですよ。おばあちゃんがいろんな人に料理を作って『これ持って行き』みたいに振舞ってあげる人だったので、知り合いも多くて、お魚屋さんがいつも新鮮なお刺身が余ると持ってきてくれたり、いいものもたくさん食べさせてもらいました。食いしん坊はそこからです。」

お母さんが家では寝ている姿ばかりを見ていたというくらい忙しかった分、ごはんはおばあちゃんが作ってくれていたそうで、お母さんの料理はあまり記憶に無いのだという。ある時、がんばって作ってくれたクッキーも、あまりおいしくなく、残念に思ったことがあった。

「でも、だから自分で作るようになったんですよ。お菓子の本を買ってもらって、見ながら1人で作っていました。料理上手なお母さんだったら、多分、私こんなことしてなかったと思うので、結果オーライですかね。料理は苦手でも、褒めるのはすごく上手な人でした。ネイルのこともそうですが、お菓子を作るとめっちゃ褒めてくれました。職場に持っていって、若い同僚の女の子とかもにも食べてもらってすごいすごいと感想をもらって帰ってくる。調子に乗っちゃいましたね。」

--カフェオープンへ向けてバイト掛け持ち生活

24歳で広島に戻ってきて、27歳の時、30歳までにお店を開けると決めたというが、その3年間はどういう3年間だったのだろう。

「広島に来てすぐ2人目の子が産まれていました。上の子が大きくなってきたら、おやつを作ってあげたいと思うようになってお菓子作りを再開したんですけど、そしたらお菓子熱が再燃して教室にも行くようになったんです。そうしてるうちに家でもしょっちゅう作るようになって、母のお店も手伝っていたので料理もするしで、子どものことを考えるとやっぱり食って大事だなと思ったんです。ちゃんとしたものを食べさせてあげたいと料理も始めていました。」

そんな頃、美容師をしていた妹さんが独立しようかと思っているという話しがあり、津金さんはその隣でちょっとお茶が飲める2、3席くらいのカフェスペースをやるということになる。

「自分でカフェをやるんだったら、ちゃんと技術をつけなきゃと何件も飲食店を掛け持ちして働きはじめました。ケーキ屋さんにパン屋さん、お蕎麦屋さんもカフェもありました。開店資金を貯めなくてはいけなくなって働き始めたら、また貯金熱が出てきて、保育園が開くとすぐに子どもを2人預けて、その足で8時ぐらいからバイトをして、夕方6時ぐらいにまた自転車で迎えに行っていました。その時期が多分、一番頑張ったんじゃないかな。休みの日も朝だけちょっと仕事してたり、まだ真っ暗な時間に行ったりもしました。それが27歳からの3年間でしたね。」

津金さんがお店を開けた30歳は、すべて津金さんの都合ということではなく、妹さんがお店を辞めて独立できるタイミングに合わせた結果でもあった。しかし、カフェは当初よりもだいぶ大きな、ちゃんとしたお店になっていった。

「2、3席で考え始めたわけですが、もう少し大きくしてランチも出してみようかなとか考えはじめたりしていたら、逆に妹が人を雇うつもりだったけど自分1人でお客さんと1対1でやることにしたとなって、結果的に余った分をカフェにしてこのサイズになりました。」

--家族で支え合うお店の日常

出来上がったカフェはお店に入ると昼間でも薄暗く、静かな時間が流れる空間になっている。ホームページにも記載があるように、子どものことや店内撮影禁止(食べ物のみ可)、グルメサイトへの掲載を控えたいことなど、お店にはいくつかルールがある。

「どんな方が来ても、みんなが落ち着ける空間にしたいという思いがあったので、お子さんのことや店内写真の撮影禁止などはお願いごととしています。そもそもお店が暗くて撮りづらいのですが、あえてあまり光が入らないようにしているのも、日常を忘れてほしいというイメージから隠れ家っぽく作っているんです。明るい外から入って暗いと時間を忘れてしまうじゃないですか。」

いまや開店前から何人も待たねばならない人気のお店となったキプフェル。ランチと17時までのカフェのみの営業で、一番人気はやはりパフェだ。

「最初はモーニングもしていましたし、ケーキも種類があったのですが、だんだんパフェを頼まれる方が増えてきて、こうなったらいろいろ手広く作るよりも、パフェに特化して極めたいと思うようになって、周期的に変わるパフェとお食事とに特化して、やらせていただいてます。」

長女は津金さんに似ているのか積極的に手伝いをしてくれるという。津金さんにとってはもはやアルバイトのひとりのような存在になっている。

「接客からレジから普通の高校生ぐらいは働いていると思います。時給じゃなく余ったスイーツとか食べ物であげてます。あとは言われたものを買ってあげたりもしますね。そういう意味でも対価を払っているので、アルバイトだと思ってます。欲しいものがあるときは、多めに出勤したりもしています(笑)。」

お店では旦那さんも一緒に働いているとのことだったけれど、夫婦で仕事をするというのはどんな感じなのだろう。

「うちは夫が気を抜かせてくれる役ですね。私がいつもぴりっとしてるタイプで、バチバチするときもありますけど、私が仕事になると時間を忘れてやり過ぎてしまうので、セーブをしてくれています。オープン当初は本当に家に帰られず、ここで12時を超えても1人で仕込みをしていて、家に帰っても明け方4時に起きたりという生活。全然寝れていなくて、子どもの顔も寝顔だけ。当時別の仕事をしていた夫が保育園の送り迎えをして、ご飯も作ってくれて、寝つかせてくれて、お店に迎えに来てくれるみたいな日々でした。仕事も落ち着いて、今はちゃんと家族で夜ご飯を食べようと決めています。ここ1年で落ち着いた生活になって、やっと人間らしく生活を送れています。」

--自分よりも母親が着ている成人式の着物

今回ループケアするのは津金さんが成人式のときに着た着物の帯。自分で貯金をはたいて買ったものだという。

「専門学校の2年間は、家賃を出してもらうなど援助してもらっていましたが、卒業したら自活しなくてはいけないからずっとお金を貯めていたんです。母親は私に振袖を買う貯金をしてたようなんですが、成人式の2カ月ぐらい前に、『どうするん?』と電話がかかってきて、貯金してくれてるんだよね?と言ったら、車に使ってもうないよと言われたんです。え、着るものないんだ。親が用意してくれないのかと思って。時期的にもうレンタルも埋まっている頃だったので、じゃあ買うわって。そのままATMで30万円を下ろして、渋谷のデパートで一式買いました。30万円の買い物なんて、はじめての大きい買い物でした。でも迷いはなかったです。」

お母さんも津金さんもあっけらかんとしているというか自分のことは自分でという感じだろうか。津金さんがお母さんを評するに放任主義。あまり子どものことに干渉せず、やるようにやるでしょうあなたなら、という感じらしい。

『「どうすんの?」としか聞かないんですよ(笑)。来年になったら妹も使うし、買うか! みたいな。実際、妹も着ました。ちなみに母親も着ました。母親は何回か着ました(笑)。お好み焼き屋さんをやる前にカラオケ喫茶もやっていて、カラオケ大会に出る時に着たそうです。』

津金さんの話に出てくるお母さんの存在感がすごい。

「キャラが濃いので、ちょっと隠してます(笑)。さらに言うと、私の制服を忘年会で着たりするような人です。すごい明るくて、そこは尊敬しています。小学生の頃、物事はプラス思考よってずっと言われてました。小学生なのでよくわかってなかったですが、すごく覚えています。」

自分以上に家族が着ている着物。当時の貯金を使って買った着物を自分が一度しか着ていないのは、もったいない。振り袖は娘に残しておくことにして、帯だけ傘にループケアすることにしたという。

「私、お店のことであればいろんなことに気を遣うんですけど、私生活が本当にゆるいんです。ハンカチもティッシュも持たずに出歩くような人間なので、ここらで女子力を上げようと、今まで使ってこなかった日傘を使ってみようと思って。」

※4月完成予定(本サイトにて随時公開)

聞き手: 山口博之

写真: 山田泰一

PROFILE

PROFILE

津金美奈

カフェ「kipfel.」店主

1985年 広島生まれ
手先の器用さを生かして小学生の頃からお菓子作りやネイルに興味を持つ。
高校を卒業後、メイクの専門学校に進学するために上京する。
その後、22歳で結婚出産。子育てを機に広島に戻り
2015年30歳で、カフェ「kipfel.」をオープンする。
今や予約の取れないカフェとしてリピーターの圧倒的な支持を得ている。

聞き手: 山口博之

写真: 山田泰一

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