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高亀理子さん

ホホホ座尾道店の
エプロン

19.01.18
HIROSHIMA

2018年、3年間営業したお店、ホホホ座尾道店コウガメを閉めた高亀理子さん。大学進学で住み始めた京都はその後の高亀さんの運命を少しづつ変えていった。京都と尾道。突然の支店としてのお店開店、そして閉店。占いと結婚。偶然と出会いが変えていった高亀さんのこと。

--紅茶専門店を継がないという未来

「福山で生まれて、18歳で進学のため京都に引っ越し、そのまま京都で就職して、全部で8年くらい京都に住みました。今は夫のいる岡山とお店のあった尾道と実家と作業場のある福山を行き来しています。」

88年生まれの高亀理子さんは、2015年、京都にあるお土産屋/本屋さん「ホホホ座」(http://hohohoza.com/)の尾道支店「ホホホ座尾道店コウガメ」をおやつと雑貨と本の店としてオープンさせ、丸3年運営していた。2018年の4月、店舗を閉めたが屋号は残し、イベントに出店したり、イベントを企画したり、お菓子を作って卸したりという活動を続けている。

「大学卒業後は、リネンのお洋服や海外の家具、雑貨を扱う会社に就職して、販売や仕入れの仕事をしました。母が福山で紅茶の専門店(http://www.tea-paddington.com/index.html)をやっているのですが、母から『将来はあなたが継ぐのよ』みたいに刷り込まれて、おぼろげに継ぐのかなーと思いながら生活をしていました」

家具を扱う仕事を一通り経験した高亀さんは、会社を辞めてパン屋さんで働きながら、パン作りやお菓子作りを学び始める。その後、製造業にも勤め、おじいさんが亡くなったのを機に福山に帰ることになる。

「帰っては来たけれど、実家の紅茶専門店がちゃんとした英国式みたいなお店で趣味がまったく違う。亡くなったおじいちゃんの家が空いていたので、『継がなくていいから、2階に住んで1階でやりたいお店をやってみたら』と母が話してくれたんです。」

--一人の男性との出会いが変えていく未来

好きなことをしていた京都時代も知っていたであろうお母さんは、娘の何かを見抜いていたのかもしれない。福山のおじいさんの家を改装してお店にしようと考え始めたところで、高亀さんはホホホ座を立ち上げ以前、コトバヨネットという古書店を経営していたホホホ座設立メンバーの松本伸哉さんと出会う。

「京都にいる時、ホホホ座の前身であるガケ書房によく行っていました。でも当時は、松本さんとホホホ座を作ることになるガケ書房の山下さんとも面識はありませんでした。広島に帰ってから、月に2回までと決めて京都に戻ってはライブとかイベントとかで遊び倒していた時、松本さんと出会ったんです。」

急に福山に戻ることになった高亀さんは京都に後ろ髪を引かれまくっていた。そのため京都在住時よりも、こだわりと熱があったのかもしれない。当時、ホホホ座が編集した京都でカフェを経営する女性たちにインタビューした『わたしがカフェを始めた日。』(https://hohohozazaza.stores.jp/items/5871b6ab9821cc7eb400dfe8)という本が出版されるタイミングだった。これからその当事者になろうとしている高亀さんに、松本さんからポップアップショップのイベントにお菓子を作って参加しないかと打診される。

「お菓子は趣味でしかやってなかったんですけど、意外と売れるし、宣伝になるからガケ書房で売ってみたらと言われたんです。だから私の初めての個人活動の仕事が、ガケ書房にお菓子を卸すことでした。お菓子を納品しながら自分のお店づくりを進めていて、ある日松本さんに空き家になったおじいちゃんの家でご飯屋をやりたい、本や雑貨も扱うお店にしたいという思いを話したら、松本さんが相談に乗ってくれて、『お店づくり手伝ってくださいよ』と冗談で言ったら、本当に手伝ってくれることになったんです。福山に泊まりに来て、『こうしたらいいかもね』といろいろ話もしていて、工事を始めようくらいの時期に、いろいろな事情が重なり家を使うのが難しくなってゼロに戻ってしまいました。」

--偶然から生まれた場所

どうしようかと迷いながら、高亀さんは尾道や福山の鞆の浦で物件を探し始めた。そんな時、尾道で訪れたカフェで偶然の出会いがあった。

「空き家再生プロジェクトが手がけた誰も住んでいなかった古いアパートを再生した「三軒家アパートメント(https://sangenya-apartment.jimdo.com/))」というところに入っている、この56cafeに入った時でした。当時、店主をしていた女の子が『ここの隣の2階に空いている部屋があるから、そこでなにかやったら?』という話をされたんです。家賃もすごい安くて、飲食はできないけどここまできたら何かやりたいと思って、私ができるお菓子を作りながら、本や雑貨を仕入れて売るお店をやろうと決めました。」

その頃は、ホホホ座でも何でもない、自分で名前を考えやろうとしていた。物件が決まったことを相談していた松本さんに報告に行った高亀さんは、思わぬ提案に驚く。

「オープンさせようと思っていた4月にガケ書房も移転してホホホ座になるという話をされて、『尾道も観光や文化ができている街だし、話題性があったほうがおもろいから、ホホホ座を名乗る?』みたいな提案を受けました。雑談の延長線で言われて『えっ?!』となりますよね、そりゃ。でも、そもそもホホホ座のファンでもあったので、『ぜひぜひ』となり、『じゃあ、みんなにメールしとくわ』と言われ、その次の日、ガケ書房の山下さんに会いに行ったら、『なんか聞いたで。最終面接合格やな』と言われて尾道支店が決まりました。そもそも面接なんてしてないのに(笑)」

ホホホ座に屋号を変えたと同時に尾道に支店ができるというのは、どういうことだと戸惑いも驚きも生まれ、ホホホ座やガケ書房を知っている人にとっては、おぉ尾道にできるのかという反応があった。

「尾道の人にとっては、よくわからんしホホホ座のそれも支店がオープンという状況でしたが、京都に遊びに行く時にホホホ座にも寄ってくれたり、新しいお客さんの流れができておもしろい動きがありました。」

--三拠点で生きることの難しさ

3年間ホホホ座尾道店コウガメを続けたが、営業時間は尾道にいるが家は福山にあり、お菓子などを作る場所も福山にしかなかったため、どうしても効率の悪い働き方しかできないことが嫌になっていた。

「お店を始めて3年目の29歳で結婚もしたんですが、結婚前から夫との家が岡山にあったこともあって、尾道、福山、岡山の三拠点になるのがわかっていました。お店が休みの日や出勤前にお菓子を焼かないといけないことの生産性がすごく悪かった。休みにも休めず、イベント出店もあって自由に外に出たい、けどお店も開けなきゃというジレンマがありました。結婚するなら、いっそのこともう手放して出店メインでいいかなと。結婚を理由にするとみんな反対しませんしね(笑)。」

閉店してから今も、屋号はそのままにイベントの出店などは継続して行っている。様々な偶然が重なってたどり着いた尾道でのお店開店から閉店まで。うまくいかないことが結果としていいことに繋がる。ラッキーではあったかもしれないが、それは高亀さん自身が動き、決断していったことの結果だ。

「人生初の挫折は、おじいちゃんの家でお店をできなかったことだと思いながら、当時母の手伝いでクリスマスケーキを泣きながら作っていました。でも、その年明けに、たまたま尾道に物件を探しに来たらすぐ決まった。だからきっとあれは挫折じゃなかったんだと思っています。」

--尾道という土地のこと

偶然だとしても、高亀さんを引き寄せた尾道という街はどんな街だったのだろうか。

「当初お店をやるつもりだった地元の福山はベッドタウンで車社会。郊外的なカルチャーを感じさせる街だったんですが、尾道は京都の左京区に割と近い感じがありました。肌感や空気的にこっちのほうがいいなとは思っていました。親戚がいたので、ちっちゃい頃からよく来てはいました。お店を始める前にもマルシェとして出店したりもしていて、よく行くコーヒー屋にも『おまえは尾道のほうがええわ』とか言われてもいましたね。」

ホホホ座尾道店コウガメが入っていた三軒家アパートメントも空き家再生プロジェクトによるものだったように、知名度のある尾道でも老朽化した空き家問題はまだまだたくさんある。徐々にそうした場所を、自分たちで作り変えながら使う若い人々が入り始めているという。

「3.11以降の移住者がとても多くて、関西を始め東京を含む関東からも人が来ています。家賃がタダみたいなものだったり、実際タダで古い家をもらったりという人もいるくらい固定費が安い。その分、自分の好きなこともしながら、のびのび住んでいるアーティストみたいな人がすごい多いです。だから文化レベルも高い。観光地でもあるので、観光に来て、ここに住みたいと思って仕事も決めずに越してきたみたいな人もいます。子育てをここでしたいという家族もいました。」

「徒歩5分で誰かの家に行けるような環境なので、イベントに行けば誰かがいて、飲みに行ったら違う誰かがいる。暇だなと思って連絡したらすぐに人が集まるし、狭い分、密度が濃い。だから噂も立ちやすい(笑)。そういうのが合わない人は出ていくし、そういうのがいいっていう人はのんびり過ごしてます。」

--占いが導いた、のかもしれない結婚

旦那さんとの出会いは、そうした狭い界隈のコミュニティではなく占いだったという。

「霊感があって占いをしている京都在住の女の子が、尾道で占いをしているというので占ってもらったことがありました。『亀ちゃんはこういうことして、こういうことしたら、こういうタイミングでこういう人に出会ってその人と付き合うよ』みたいに言われたんですが、まさにそれで会いました。」

“それで会いました”とはどういうことだろうか。そんな簡単に見つかるのだとしたらすごいことだ。

「私が企画したライブが岡山で公演があるので付いていった時に初めて会いました。その後すぐ付き合いました。

会った瞬間に、この前占ってもらった人はこの人だとわかったのだろう。

「掘り下げていったら、ああ、そうだったんだという感じです(笑)。答え合わせというか。『占いの子にこういうこと言われたんだよね』『あ、でも俺はそれを見て、あの場所に行ったんだよ』みたいな感じの話になり、これは言われていた通りの流れだと。当たるんですよ。『なんと、この私に彼氏ができた。しかも占いで当てられた』と言って回っていたら、みんなから呼べ呼べとなって、京都から呼び寄せたんです。そしたら、男友だちのひとりがセッションを受けてから、その占いの人と付き合って結婚するというオチがありました。だから、占いの子はいま尾道に住んでいて、お互いキューピッドし合ったかたちになりました(笑)。」

--・取れない汚れは大事な記憶

ループケアするのは、ホホホ座尾道店コウガメをやっている時期に使っていたエプロン。いろいろな汚れがつき、仕事の跡をたくさん残すエプロンがアルバムになる。

「めちゃめちゃボロいです。ホホホ座尾道店がオープンした時から、福山の菓子工房でお菓子を作る時にずっと使ってたエプロンです。2年以上使いましたけど、お菓子の材料の汚れとか汚れた手をエプロンで拭くのでその場所が特に汚れてますね。何なら湿気で黴びたりもしてますね。恥ずかしくて見せたくない…。」

お店はなくとも屋号はそのままに活動を続けている。これからもライブの企画・ブッキングとご飯とお菓子という軸でやっていくという。

「ケータリングをやったり、休みの日にカフェを借りて営業したりすることもあります。自分が企画したライブに自分が出店して、ドリンクやお菓子、ご飯を販売したりもしています。」

お菓子から始まったキャリアなだけにお菓子と本や雑貨の印象が強いが、本来はもっとひろく飲食に取り組みたいという思いがある。

「ホホホ座は物販のお店だったので、そういうお店だとお客さんが来てこの人めっちゃおもしろそうと思っても、こんな引き留めてええんかなみたいな感じになりますよね。でも飲食だったらいる間は喋れる。前は友だちが遊びに来てくれた時も、何かものを買わせて申し訳ないなとか思いながら喋ってたんですけど、食べ物や飲み物ならそれはあまりないのかなって。空間というか場と人が好きなんですかね。そしてやっぱりご飯やお菓子を作るのが好きですね。」

人いて、時間が生まれ、コミュニケーションが生まれる。高亀さんが楽しくいろいろなことを続けてきたことの秘密がわかった気がした。

「尾道はそういう場所やお店がいっぱいあって、おもしろい人がたくさんいる街です。」

アルバムに収めるべき写真がたくさんありすぎて、すぐ足りなくなりそうだ。

聞き手: 山口博之

写真: 山田泰一

PROFILE

PROFILE

高亀理子

イベントプランナー&移動カフェ店主

1988年広島県福山市生まれ
京都の大学を卒業した後、雑貨販売の仕事を経て、パン屋で働きながら菓子作りを学ぶ。
その後、縁あって雑貨店ホホホ座を「尾道空き家再生プロジェクト」の物件に開店する。
結婚を機に店舗は閉店するものの、現在は岡山・尾道・福山の3拠点をローテンションしながら、移動カフェやイベントプランナーと多岐にわたる活動を展開している。

聞き手: 山口博之

写真: 山田泰一

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