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今津正彦さん

苦しかった時代の
奥さんのワンピース

18.06.28
HIROSHIMA

受注するすべてが単品受注生産、つまり一点物だけを作り続ける工業用模型製造会社アイ・エム・シーユナイテッド。家族と事業を始めた社長である今津正彦さんは、当時を思い出す奥さんの服を傍らに、苦しい時代を乗り越えてきたこれまでを振り返ってくれた。

--自営業の方が儲かるんじゃないかというイメージ

自動車や電力等のエネルギー事業製品、マンホールなど、工業用模型の製造を行っているアイ・エム・シー ユナイテッドの社長である今津正彦さんは、いまでこそ素晴らしい業績なのだが、元々そうだったわけではない。今回ループケアする奥様のドットのワンピースも、そんな経済的には苦しかった時の思い出の品だ。結婚したのは今津さんが22歳、奥さんが24歳の頃、今津さんが勤めていた中古車販売の会社を辞めて、父と弟と会社を設立して9ヵ月が過ぎた頃だった。

「当時の私も、私の父も安定したサラリーマンで、自営の方が儲かるんじゃないかと勝手に思ってたんです。すごい期待はしてたんですけど、勘違いでした(笑)」と奥さんが話してくれたが、今津さんの口からもほぼ同じ回答が聞かれたので、本当にそうだったのだろう。向こうの親も自営業っていう響きの方が、中古車セールスよりも耳あたりはよかったみたいです。僕からすれば間違いなくこっちの方が駄目よと(笑)」

実際に3カ月自分の給料がなかったこともあった。それでは生活ができないため、日曜日にバイトをしたり、奥さんの義理の兄がやっていた造園業を手伝ったりして生活費を稼いだ。ところが、そんな日々でも、奥さんは今津さんの仕事ぶりに対して不安を覚えたことは一度もなかったという。

「借金も多かったんですが、それだけはとにかく会社のやりくりの中でやると決めてやっていて、夫は何か次の仕事を見つけてくるということには長けてたんですね。だから、本当にどうにもならないみたいな暗いイメージは全然持たずにどうにかなると思えたんです。」

家族写真を撮った時も、今津さんの洋服は弟さんから借りたものだった。ドットのワンピースは奥さんが自分で買ったものだそうだが、他のものはほとんど処分したのにこれだけなぜか残っていたという。

「いろんな服をこれまで処分してたのに、これは捨てませんでした。不思議とね。やっぱりもったいないと思ったのか、私にはもう、ちょっとこれかわい過ぎるから、いずれ娘が着てくれたらなと思って取っといたんでしょうね。」

--毎日辞めたいと思っていた5年間

今津さんがこの仕事をすることになったのは、お父さんが独立して弟さんとふたりで工業製品の木型製作の仕事を始めたことに由来する。一緒にやろうと言われていたが、元々ふたりと反りが合わない今津さんは拒否。就職するが、お父さんからどうにもならないから頼むと言われ、二足の草鞋で手伝い始める。そのために今津さんは中古車販売の会社を辞め転職をしたのだが、その1週間後、何と転職先の社長が亡くなり、新しい社長から採用をなかったことにされてしまう。行くところがなくなった今津さんは、家族と会社を始めるしかなかった。

「いざ仕事を始めて、財務状況を見たら信じられないくらいの借金があった。経理は母が勤めの片手間でやっていた程度だったのでちゃんと管理できておらず、いわゆる債務超過。明日つぶれてもおかしくなかった。本当に後悔しました。だけど、もう辞めるわけにいかん。周りも『起業したんだって』みたいに言ってくるし……。青年実業家じゃない(笑)。5年ぐらい、毎日辞めたいと思いました。貧乏自体は全然苦じゃなかったんです。苦なのはやっぱり、自分が仕事に打ち込めなかったこと。人のせいにして、どうせこんな仕事好きでしとるんじゃないし、そのうち辞めて…みたいなことを5年くらいずっと思ってました。でも、子どもができて七五三の時にとった先程の写真で、自分のちゃんとした服がないことに気づいて、こんな時にちゃんとした格好もしてやれんのかと思って、絶対今のままじゃだめじゃと思ったんです。」

気合を入れ直した今津さんは奮闘し、どうしても3次請け、4次請けという状況だった仕事を、直接取り引きの仕事に切り替えるべく営業。三菱重工との取引を皮切りに順調に業績を伸ばしていった。

「実際本気になってみて変わりました。どこか他人事だった自分と、食えなかったら他のことをすればいいと思っていたのが、これで生きてくためには絶対に大きくならにゃいかんと腹をくくったんです。そのためには人を入れなくちゃいけない。人を入れるには、掘っ立て小屋な工場じゃ誰も来るわけない。それから移転を考え始めて、どうすれば人が集まる、売り上げが増えるかを、人任せじゃなしに自分から考えて発信するようになったんです。」

--アナログとデジタル、兼ね備えた製造業であるために

現在では、自動車開発時の1分の1のモックアップや電力事業のタービンの木型、複雑な形状のパーツ製品の測定や品質保証を実施する際に使用する検査治具の製造を主な業務として、自動車産業が盛んな広島にあって数少ない工場として、量産業務ではないひとつひとつ新しい仕事をこなし忙しい毎日だそうだ。

「職人の世界だった頃からデジタル化していくなかにあって、アナログとデジタルはどちらも大事。どっちもやってるところはほぼない。だから現在はアナログな匠の要素をしっかり持とうと。メーカーからも求められているんです、手の感覚を。特に地元のカーメーカーはそうですね。『うちのコンセプトは、匠なんだ』って。だから戻してるんです。匠の技で仕上げていたのを、匠の仕上げをリバースエンジニアリングでデジタルに戻してフィードバックし、手作業を経たコンセプトにするっていうのが、これからの私達のビジョンなんです。」

アナログな匠の技術とデジタルを同時に発揮できるところが少ないのなら、それを一緒にやってみようと今津さんはしているのだが、その熱意が社員の方には少々暑苦しく見えているようだ(笑)

「成功のモデルケースになればいいし、失敗してもモデルケースがないわけですから仕方ない。すでに技術とテクノロジーはあるんだから、あとは情熱をどうやって形にするかだけ。そのためにやっぱり最低でもトップは熱々でないといけない。周りの若い子はみんなドン引きですよ。でもひるまずやってきたいと思います。」

--自分たちの仕事を知ってもらうこと

ちなみにこの会社では、広島カープの球場近くにあるカープ坊やを模ったマンホールの型製造も行っている。アイ・エム・シーのような仕事は、クライアントから図面をもらい寸分違わずその通りに仕上げることで、作って当たり前という世界。そうした仕事の仕方に今津さんにも思うところがある。

「このとおり作ってくれというものを作って当たり前。ちょっとでも間違えたらもう鬼の首取ったように『なぜできない』とクレームが来ます。褒められることが非常に少ない。褒められるような仕事のやり方もいま考えています。たとえばお台場にある実寸のガンダムもうちで作ることもできるんです。あれは横浜の同業者がやっているのですが、うちもああいうこともやってみたい。今は完全なBtoBなので、BtoCで個人から受注を受けることも始めていて、前回の展示会ではコスプレーヤー向けにゲームに出てくる剣を実寸で作ったりしました(笑)。」

作って当たり前の世界、そして製品になる前の模型を多く製造しているため、自分たちの活動が表立って出ていくことは少ない。それはつまり自分の子どもたちにも仕事を理解してもらうのが難しいということでもあった。

「昔、小学生に入ったばかりの息子が、学校で両親の仕事を書くことがあって、型を作ってると言っても小学生たちには難しいだろうからマンホールの蓋のことだけ、マンホールの蓋をたくさん作るためのハンコみたいなものを作ってると話したんです。そしたら家庭訪問のときに、「お父さんは、マンホール作ってらっしゃるんですね」って言われて、あぁ…って。せめて広島では、何屋か分からないにしても会社の名前聞いたことあるよくらいにはなりたい。究極は、あの会社がこの地域になくては困るくらいにまで存在を高めたい。まだまだ先のビジョンにはなりますけど、そのために今のギャップをどう埋めていくかを考えながら、一つ一つの結果をつなげていきたい。」

--25年前の思い出が、これからの出発点へ

子どもは89年生まれ男の子と92年生まれの女の子の二人。家計が苦しかった時期もあった。「お父さんたちは自営業で借り入れもたくさんある。極端な話、明日から橋の下に住むようになることもあるかもしれん」とも話してきたが、どれだけ会社が苦しくても、家でそういう素振りを見せるのは嫌だったそうだ。

「贅沢はさせてやれなかったかもしれないけど、不十分なこともなかったはずです。ふたりとも京都の私立の大学に行きました。息子は、『奨学金をもらうから、俺は仕送りは要らん』と偉そうに言ったんですよ。ただ僕の所得からするときっともらえないと言ったら、『いや、そんなことはない。絶対もらえる』と申請したんですが案の定すぐ電話がかかってきて『もらえんじゃないか、父さん』て。アホかって。その後、2、3日したら手紙が来て、借用証書と汚い字で書いてありました。奨学金と同じ内容で貸してくださいって。こんな判子もちゃんと押していない書類じゃだめだとすぐに送り返しました。世の中なめとるって。結局貸しましたけど、返す覚悟はあるのか聞いたら『もちろん』と言ってました。28歳になって結婚もしたんですが、いまだに返してもらってないですね(笑)。」

試作段階の模型という、一般には知られない領域での仕事。だけれどミリ単位で正確さが要求される仕事でもある。縁の下の力持ちというのか、影の立役者というのか、見えないけれどいなければ車は完成し、市場に流通しない。今津さんは自転車が大好きで広島の自転車チームのスポンサーもしているとのことで、裏側で支える性格なのかもしれない。

「苦しかったことはよう覚えとるんですよ。昨日の晩御飯に何を食べたかは覚えてなくても、苦しかった20年前、25年前のことはよく覚えてる。」と語る、その20数年前の服が、新たなプロダクトとして今津さんの生活に再び寄り添う時、それはどんな記憶のきっかけとなるのだろうか。

聞き手: 山口博之

写真: 山田泰一

PROFILE

PROFILE

今津正彦

株式会社アイ・エム・シー ユナイテッド 代表取締役社長

1965年広島市に生まれる。
高校卒業後、自動車販売の営業職に就く。その後、父の創業する今津木型製作所に入社木型製作と営業をしながら、事業の幅を広げていく。
2000年に、代表取締役に就任。2009年社名を株式会社アイ・エム・シー ユナイテッドと改め現在は、鋳造用模型、自動車デザインモデル、検査冶具の製作を多角化経営する数少ない企業として事業展開している。

聞き手: 山口博之

写真: 山田泰一

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