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竹中真弓さん

洋裁師の母が残した
生地

18.08.08
HIROSHIMA

広島初のキッシュ専門店「キッシュ グラン・ココ」を2013年にオープンさせた竹中真弓さん。たくさん食べてもお腹にもたれない サクサクの生地が特徴の手づくりキッシュが人気のお店だが、竹中さんは元々料理と全く無縁の仕事をしていた。なぜ食だったのか、なぜキッシュだったのか。そこには洋裁師だったお母さんをはじめとする幸せな家族の記憶があった。

--洋裁師だった母が残していった生地たち

「去年(2017年)の12月10日に母が86歳で亡くなりました。母は元々洋裁師で、母が徹夜で仕事している姿を見て育ちました。気に入った生地を見つけては買って、タンスの中にいつも生地があるという感じだったんですが、亡くなるまでの何年かはだんだん縫うことも少なくなりながらも、かわいいものや気に入ったのがあると入れていました。亡くなって、遺品を整理していたらやっぱり生地が出てきたんですね。今までは『これ出来たから着て』ってプレゼントされてたんですけど、何のために買ったのか分からないままの生地がいろいろ出てきたので、これで日傘を作ってみたいと思って」

竹中さんは呉市の生まれ。灰ヶ峰という大きな山の中腹ぐらいに家があったが、当時はまだ車を持っている人も多くなかった時代、お客さんはわざわざ山を上って採寸や仮縫いをしに来ていたそうだ。女性ものしか作っていなかったが、何十年も前で何万円もする仕立て代+生地代という高級な仕立てだったそうで、「来週、結婚式があるから着たいのよ」と生地を持ってきて、それを何日かでスーツに仕上げるようなこともあった。看板もまったくなく、口コミだったんじゃないかと竹中さんは想像している。

「お客さんが来ているところに私が小学校から帰ってきて『ただいま』『いらっしゃいませ』と言って家に入っていくような生活。私も小学校を卒業する頃まで、既製品は下着しか買ったことがありませんでした。私が子どもを産んでからも、孫の服も私のも作ってくれていました。そう、ずっと作ってくれていたんです」

欲しいと思った服がすぐ買える既製服に憧れることもあったが、お母さんの作る服は竹中さんにピッタリだった。

--食べることを褒められた、不器用なわたし

竹中さんのお父さんは太平洋戦争時、徴兵の年齢に至っておらず、戦艦大和のエンジンルームの点検などを行う仕事を任されて、大和を最後に送り出した少年のひとりだった。戦後はそのまま石川島播磨重工業(IHI)の造船所でエンジニアとして勤め上げる。そのお父さんも6年前、81歳で亡くなっている。

「父親も器用な人で、会社でもらった造船関係の特許に関するアイデア賞みたいな賞状がたくさん貼ってありました。母も父も器用で、さらに姉も割とできる方だったのになぜか私だけはダメ。私が最初に遊んでいた記憶は、針と糸でリカちゃん系の人形用の服を作っているものなんです。なのにやっぱりできない(笑)。」

古い写真をしっかりアルバムに整理していた竹中さん一家の記録を見ると、お父さんはなかなか陽気な人だったようだ。

「加ト(加藤茶)ちゃんみたいな感じでしたね(笑)。ずっとダジャレを言ってるような、人を笑わせて楽しんでる人でした。亡くなる前もいろんなホームにショートステイに行ったりしていたんですが、いつも爆笑を取って帰ってきてました。それに対して母は、「うふふ、また言ってるなあ。ばかなんだから」みたいな感じ。母もすっごいしゃべる人。家族が揃っている時には、父が小さい頃に麻疹で耳を悪くしていたのをいいことにすごい喋ってましたね。明るい母でした。家族でいっつもばかなことを言って楽しい家族でした。」

2つ上のお姉さんに対して、竹中さんは母親を独占したくてたまらない子だったそうで、自分のことを客観的に見ると嫌なやつだったと思うと話してくれた。物静かなお姉さんがいつも「いいよ、いいよ」と譲ってくれたのをいいことに、お姉さんの優しさに甘えていた。昔の写真でも竹中さんは上目遣いで気の強さを感じさせる。

「姉はすごいきれいな子で、周りからちやほやされてモテるタイプでした。私は元気だけが取り柄みたいな子であまり褒められたことがない。姉はかわいいかわいいとみんなに言われるのに、私は言われないと思って聞いてみたら、母は『マユミちゃんはね、肌もきれいだし、元気だから』って。私が両親から褒められていたのは、『マユミちゃんはご飯を食べるのがすごく上手だし、すごくおいしそうに、幸せそうに食べてくれるのが、お母さんすごくうれしい』ということでした。食べるたびにそれを言われていて、食べることを認められるってすごい幸せなことだったんだと。たくさんもりもり食べて、こぼしながらでもいいから食べて、それがすごくおいしそうで、いいよって言ってくれるのが。おいしそうに食べるっていうのは、人を幸せにするんだなあって。その頃から食べることに対する関心が出てきて、手芸はできないけどお料理はするようになって、学生の頃から土日のチャーハンとグラタンは自分が作ってみんなに食べてもらっていました。」

--料理が苦手だった母

お母さんは服を作る器用さはあったが、料理はあまり得意でも、好きでもなかったという。もしかすると、自信がなかった料理を喜んで食べてくれるということがうれしかったのだろうか。

「そうなのかもしれません。亡くなる前まで、私が行くと必ず『食べんさい、食べんさい』と山盛りに何かを用意してくれて、食べると喜んでくれていました。こんなに遠慮せずに私が食べられるのはこの人の前だけだなあって思ってましたね。その関係性なんですよね、きっと。」

料理が苦手といっていたお母さんだったが、料理が得意で仕事にしている今の竹中さんでも、お母さんの煮物やけんちん煮、お正月のお餅やおはぎには絶対に敵わないそうだ。筑前煮に入っている里芋のほっこり感や味の染み感はどんなにまねをしてもいまなおできない。そのうち教えてもらえばと思っていながら結局教えてもらうことはなかった。

「服も70代まで作ってくれていたんですけど、さすがに針に糸を通せないとか、うまく切れないとなってだんだん自分のものだけになりましたね。父親のワイシャツの縫い目を解いたものにお気に入りのレースを付けて部屋着に作り直したりしてかわいい服にしていました。それも服がもったいないとかじゃなく、作ることが楽しかったんだと思います。」

--キッシュは人を幸せにする

竹中さんは5年前にキッシュのお店を始めたのだが、そのきっかけは3.11の東日本大震災だった。元々はマーケティング会社を経て経営コンサルの会社でウェブショップの分析を仕事にしており、飲食の仕事は全くの素人だった。

「ウェブショップの仕事をしていた時に震災があり、ちょうど福島の方とチャットのようにメールのやりとりをしていました。そうしたら急に返事が来なくなって、どうしたんだろうと思ってネットを見ていたらYahooニュースが目に飛び込んできたんです。」

それから何日も連絡が途絶えた後、「ご心配かけました、みんな元気で何とか頑張ってます」と電話があった。

「あの時いろんな報道がありましたよね。ヘルパーとして元気で頑張っていた若い女性が、どうしてもおばあちゃんを連れて行けず、置き去りにできなくて一緒にその場で亡くなってしまったというのを見た時、何かのかたちで頑張ってる女性を応援できないだろうかと思ったんです。昔から、自分がやる力があるのにそれを躊躇するのは良くないことだと思っていて、できるかどうか分からないけれど、条件的に揃っていて実行する力があり、やろうという思いがあるんだったらやってみようと、お店を出すことに決めたんです。それが“後ろめたくないお惣菜”。子どもがまだ中高校生の頃、いつも帰りが遅くなってしまっていたんですね。早く帰ってご飯を作らなきゃと思いながら、仕事も好きだからどうしても遅くなっていました。帰りにスーパーでお惣菜を買って1回ごめんねと思い、帰ってそれをチンして2回目のごめんねを感じていました。ごめんねという総菜はお料理じゃないと思ったんです。自分の精神的にも良くないし、子どものためにも良くない。まるでケーキのように選べるお惣菜ができたらいいなあ、今頑張っている人たちをサポートできたらいいなあという思いでお惣菜屋さんをやろうと。でも私は料理をやってきたわけでもないし、特に何かできるわけじゃと思った時、一番好きなキッシュでやってみようと思ったんです。」

15年ほど前、友達が作ってくれたキッシュが人生最初のキッシュ。竹中さんはキッシュという食べものに、とても幸せな気分を感じたのだという。レシピを聞くと意外と難しくなく、それ以来、お正月などの親戚の集まりや宴会で繰り返し作っては振る舞い、食欲がないと言ってた80代の叔母さんから、歯が生え始めた甥っ子さんまで、みなケーキみたい!とすごく喜んで食べてくれた。

「キッシュは、幸せになるケーキと同じようなお惣菜だなあとその時に思ったんです。和食一辺倒でパスタも作らない人だった母も、最初こそ『何これ』と言っていましたけど、亡くなるちょっと前も『また食べたいから持ってきて』と言ってくれていました。食いしん坊な人で、おいしく食べることだけは最後まで自慢でした。亡くなる日の朝も、しっかり朝ご飯を食べて、みかんも食べて、口の辺りにみかんが付いていました。息を引き取る最後、誤嚥するから水が飲めないんですけど、はあはあ言うから口が乾くんです。スポンジで水をつけてあげたりとかするんだけど、最後に薬をちょっと飲ませたら、薬は味があるから美味しかったみたいなんです。笑いながら『ああ、おいしい』って。人生の最後の最後に聞いた言葉がそれでした。どんだけ食べることが好きだったんだろうと思って。」

--縫い目ひとつも母の思い出

今回日傘にループケアするのは生地だが、服を解いたり、切ったりすることはどうしてもまだする気になれなかった。

「作ってくれた服がほとんど残っていないので、残っているものは縫ってる手作業自体も思い出なので糸をほどけないんです。確かに生きた証じゃないですか。ボタンホールひとつとってもミシンじゃなくて手でやってある。娘用なので多少雑には作ってると思うんですけど、そういうのを切っちゃうのももったいないかなあと思ったりして。だから生地そのものから作ってもらおうと。小柄で大きな柄が似合わなくて小さな柄の生地ばかりを買っていたので、この生地は自分用だったのかもしれません。お母さんが買っていたあの生地がこういうふうになったよって報告したいですね。きっと驚くだろうなあ。」

「母の一番いいところは、父の悪口を一回も言わなかったことなんですよ。こんなに素晴らしいお父ちゃんは本当におらんよって言って育ててもらった。だからお父さんみたいな人と結婚したいってずっと思って育ったんです。姉から母を奪ったように父も独占したくてやりあって、その光景を母が笑いながら見ている。いい家族だったんですね。本当に幸せでした。」

両親が大恋愛の末に結婚したのを知ったのは、最近のことだという。

「ところで二人はどうやって出合ったん?」
「洋裁学校に電車で行っとった時にずうっと見てる人がいて、声掛けられたんだけど、怖いから無視してたんだよ。少し経ってから、でも優しそうだしいいかと思ってお付き合いしましょうかとお返事をしたら、翌日から学校の前で待ってて一緒に帰ったのよ」
「えー! ストーカーみたいだ!」

--素直になれる家族でありたい

身近な人間を亡くした時、多くの人が感じるように、竹中さんも生前の母親にどうしても素直になれない自分がいたことを悔いていた。もっと話をしたかったし、受け継げるものがいっぱいあったはずだと。だからこそ竹中さんは、自分の家族とのこれからの素直な関係づくりを心に決めている。

「息子は大学を卒業して今年の4月から大阪です。夫が55歳で定年となって4月から神戸で再就職。娘は今29歳で年内に結婚します。なので一家四人がバラバラの暮らしになり、解散状態になります。卒業って感じ。残るは、私と猫一匹。全員B型で、みんなやることがばらばらなんですけど、解散のときだけ一致したねと笑いました。」

ばらばらに暮らす家族。これまでのようなコミュニケーションではなくなるかもしれないが、そうしたことで生まれる新しい関係性もあるはず。竹中さんとお姉さんは、お母さんの死後、新しい関係へと変化していた。

「母が亡くなって姉と話をするようになったんです。趣味も違うし、今までは事務的な話しかしなかったんですが、姪っ子とも話すようになってランチに行ったりもしています。こんなことがあったんよという、家族じゃないとわからない話題を話す相手がいないに寂しさがあって、年が近いのでお兄ちゃんと呼んでいる叔父がいるんですが、叔父が病気で入院したのを『ねえ、お兄ちゃん入院したんだって』と母に言いたいのに母がいない。その分を姉に言いにいくようになった感じです。家族意識は強くなかったですが、結局は繋がっていて、すごく大事なんだなあと思いますね。」

失って初めて気づくこと。経験してきた人から何度それを言われようと、やはり自分が経験して初めて気づくことがある。失ったお母さんという存在は、誰かが代われるものではないけれど、これからの人生で今度はその母親のポジションに自分がなっていく。自分の家族とどうこれからの日々を過ごしていくのか、お母さんの日傘を傍らに思いを巡らすのかもしれない。

聞き手: 山口博之

写真: 山田泰一

PROFILE

PROFILE

竹中真弓

キッシュ グラン・ココ 店主

1962年 広島県呉市生まれ
大学を卒業後、一般企業に就職する。
結婚後は、一男一女の育児を経てマーケティング会社でWEB分析の仕事に就く。
東日本大震災をきっかけに食の道に転換、だれもが幸せになるキッシュに特化したブランド「キッシュ グラン・ココ」を立ち上げる。
現在、直営店舗をはじめ複数店舗への卸売り販売も展開している。

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