江口智子さん
と
嫁入り道具の浴衣
17.11.18
HIROSHIMA
取材先にギターを持って爽やかに現れた江口智子さんは、ステキな笑顔で挨拶をしてくれた。江口さんは、ライター、ディレクターというこれまで続けてきた仕事の他に、表情筋インストラクターのトレーナーとしての仕事、そしてシンガーというもうひとつの顔を持つ多彩な女性だ。
--書く仕事への夢と苦手だった笑顔のつくりかた
そもそもなぜライター、ディレクターの仕事を始めたのだろうか。
「小さな頃から書くことは好きで、ものを書く仕事に就きたいと思っていたんです。コピーライターもいいなと思って最初の就職は広告代理店に入ったのですが、配属されたのは営業部。制作のディレクションは楽しかったのですが、どうにも営業がダメで……。結婚と同時に辞めた後、子どもが就学して余裕ができた時、ライターの仕事を始めました」。
様々な媒体や会社の仕事をしていくうち、江口さんは表情筋インストラクターへと繋がる出会いをする。
「2年ぐらい前にライターの仕事として、表情筋エクササイズを教えている先生のウェブ(http://www.brill-h.com/)のリニューアルに関わったんです。福岡にある会社で、お仕事はメールでのやりとりでさせていただいたので仕事中は受講できなかったんですが、おもしろいコンテンツだなと思って1年後の広島のセミナーに参加。さらに大阪で改めて受講して資格も取って、昨年の4月から教えています」。
ステキな笑顔の理由はわかったけれど、なぜ笑顔について勉強しようと思ったのか。聞くと、元々いま印象を持ってもらっているような笑顔が全然できていなかったそうだ。
「私、表情にすごく自信がなかったんです。集合写真もいまいち好きじゃなかった。みんなの笑顔の中にあって、私ちょっとムスッとしてる感じじゃないですか? 怒ってるわけじゃないのにムスッとした顔になるのはなんでだろうとずっと疑問に思ってたんです」。
思いと表情と印象がうまくつながっていない感じがあったようだ。それは過去の経験がちょっとしたトラウマにもなっていた。
「息子が小学校低学年の頃、『なんでママはいつも怒ってるの?』と言われたことがあったんです。全然怒ってなかったんですよ、その時。家で一生懸命ライターの仕事をして、家事もしていただけなんですけど、一生懸命で真顔だったみたいで、どうやら子どもには私が真顔だと怒ってるように見えたようなんです。そんなふうに言われたこともあって、ちょっと表情に関しては自信がなくなっていました。表情筋インストラクターがおもしろいと思ったのは、世の中にあるような楽しいサービスを提供して笑顔にしますではなく、まず筋肉をどういうふうに動かしたら笑顔になりますよ、笑顔になったら楽しくなりますよ、という逆パターンのアプローチだった。それがおもしろかった。だから楽しくないときも楽しそうな笑顔ができるようになりました(笑)。でも楽しくないときは笑わないですよ、そもそも。ただ私が笑顔になることで周りが楽しくなって、周りが楽しくなると私も楽しくなるという、卓球のラリーのような状態になるんです」。
誰が球を投げ始めるのかということ。それを自分が担えるのであれば、積極的に投げて周囲を楽しくし、結果自分の楽しさもより増していくというのは、非常にプラクティカルで大切なことのように思う。自然な笑顔ができるようになり、携帯で写真をたくさん撮るいますごく効果があったという(アンチエイジングにも!)。
--浴衣を着る時 – 子どもたち、もしくは海外旅行
まだ笑顔トレーニング前の先程の集合写真でも着ていた浴衣が、日傘へとループケアする。色も多少あせてはいるけれど、よく着られていたんだなあというのが伝わってくる。
「結婚が決まった時、嫁入り道具の一つとして両親がつくってくれたものなんです。うちの親がこういうことはちゃんとせんといけんという古いタイプの人だったので。私が子供の頃チョウチョがすごく好きで、庭に飛んできてたのをボーっと眺めるのが大好きだったんですけど、大人になってそんなことをすっかり忘れてしまっていたのに、選んだ生地がチョウチョの柄だったので、思い出した時、自分でビックリしました。ただ、年齢を重ねて少し派手かなという気持ちが出てきて、ここ数年は着なくなっていました」。
着物も着るという江口さんにとって、浴衣は普段着感覚で簡単に着れるカジュアルな和服なのだそう。意識的に和服を着ようという意識もあって、なんとシンガポールや台湾旅行の際に浴衣を持っていき、それで過ごしたというのは驚いた。
「日本人としての主張かな(笑)。シンガポールではスルーしつつジロジロ見てくる感じがありましたけど、去年行った台湾は写真を撮ってくれと声を掛けられたりもしました」。
普段は浴衣をどんな時に着ているのだろうか。
「浴衣を着た時の思い出で一番残っているのは、子どもと一緒に出掛けた幼稚園の盆踊り大会ですね。子どもも親もみんな浴衣を着てくるんです。でも、当時は一着しか持っていなくて、ずっとこのチョウチョの浴衣を着ていました。広島の人はみんな知っていますけど、6月にとうか(稲荷)さんという広島のすごく有名なお祭りがあって、それが広島の浴衣の着始めになるんです。広島は全国よりも、浴衣を着始めるのが早いんですよ」。
着るだけでなく子どもの浴衣は自分でつくった。普段着る服もつくったが、服づくりで一番大変だったのは幼稚園のお遊戯会の衣装だったという。お遊戯会が豪華で有名な幼稚園で、園長先生の思い描いた画を元に役員さんがパターンをつくり、各親が裁断、縫製をして園長先生のチェックを受ける。「洋裁好きだったんですが、あれはレベルが違いました。夜なべしてつくりましたよ……」。
--なぜギターを弾き、歌を歌うのか。
ここまでキャリアや家族のことなど話を伺ってきたのだけれど、事前にお伺いしていたシンガーという要素に繋がる話がまったく出てきていない。なぜ江口さんはいま歌を歌っているのだろうか。
「そうですよね(笑)。そもそもは学生時代に軽音部で鍵盤担当だったんです。私たちの面倒を見てくれていた6個上の先輩がいて、高校卒業以来会う機会があまりなかったんですけど、5年ぐらい前にFacebookで繋がったんです。その時ちょうど母校が100周年で、そのお祝いを吹奏楽部が演奏することになっていました。軽音部はそういう時に呼ばれず、いつまでたってもアンダーグラウンド(笑)。じゃあ勝手に100周年をお祝いしようと盛り上がってライブハウスを借りて、現役から5、60代のOBOGたちまで集めてライブをやったんです。その時、先輩に言われてコーラスに入り、そのイベントが終わってもそのまま2、3年コーラスをやるようになりました。ところが、その先輩が2年ほど前に脳出血で倒れてしまったんです。本当に生きるか死ぬかというような状況でした。みんながすごく慕っていた人だったので、みんなも大きなダメージを受けてしまいました。当然私がコーラスをやっていたバンドも解散状態。先輩はギター担当だったんですが、脳出血後、半身まひの状態になりギターも弾けず、失語症になって言葉も出なくなってしました。どうにか元気になってほしいと思って、『私が歌を歌うからギターを弾いてください』ってお願いしたんです。そうしたらやる気になってくれて、ギターを病院に持ち込んで音楽療法というリハビリの中で練習を始めたんです。そもそも面倒見がすごくいい人なので、いつの間にかその先輩が先生になって職員さんたちにギターを教えるようになっていました(笑)」。
かつての青春時代を思い出させ、年代性別を超えて集まった人たちを繋ぎ、さらには弱った人を元気づけ、さらに困難を乗り越えるきっかけにまでなる音楽。失語症の先輩は言語を超えて、立派にコミュニケーションを取っていた。それを目の当たりにした江口さんは、これまでやったことのなかったギターを手に取る。
「私もギターやってみようと思って始めたんです。歌も、歌うと宣言してしまったのでやることになってしまいました……」。
--茎から花へ。裏方から表舞台へ。
そして昨年の夏、先輩がギターを弾いて江口さんが歌うというライブが実際に行われた。先輩本人は納得できていないそうなのだが、半身まひからギターを弾けるほどにまで回復しているという。音楽の力、友情の力、そして本人の努力に驚き、拍手を送りたくなってしまう。江口さん的には、ライブの満足度はどうだったのだろうか。
「もともと歌が全然歌えなくて、コンプレックスがあるぐらい下手なんです。ましてライブで人に聞いてもらうとなると、自己満足の1人カラオケとは訳が違う。その歌のメッセージを伝えてたうえでお客さんに満足してもらわないといけない。その時のライブも含め、その違いにぶつかって今修行中です。先輩が、カントリーロックが好きな人なので今はカントリー出身でもあるテイラー・スウィフトの昔の曲をやっています。英語の歌が韓国語に聞こえるとまで最初言われてしまいましたが……」。
そう言いながらも、聞かせてもらえますかというお願いに応えてテイラー・スウィフトを一曲弾き語りで披露してくれた。先輩からはギターとしてまだ0.5人分にしか計算されていないと言っていたけれど、急なお願いに対応してくれる姿は堂々としていた。
「人前で歌うのってすごく恥ずかしいんですよ。花と茎と根の役割って聞いたことないですか? 花の役割の人と茎の人、根の人がいて、それぞれの人に合った役割があるらしいんですよ。いままでやってきた鍵盤の私は茎か根じゃないですか。でも歌って花で、性格的にも違いすぎるんです(笑)」。
江口さんは、ライターやキーボード奏者といったどちらかと言えば裏側で支えるような役割を自認し、実際に好きなこととしてやってきた。ところがここ数年、笑顔をつくる表情筋インストラクターとしてのセミナーや未経験のギターとフロントマンとしてのボーカルにまで挑戦し、楽しんでいる。「ライブもセミナーも人前で話や演奏をして、来てる人に影響を与え、満足して帰ってもらわなきゃいけないじゃないですか。似てるんですよね、すごく」。江口さんは、そうした裏から表へという大きな変化をいま遂げている。
「果たして自分に合ってるのかよく分かんないんですけど、いろんなことがここ数年のうちに始まり、やろうとしている。一番大きな変化のきっかけは先輩の病気ですよね。それがなかったら歌を歌おうなんて思わなかったし」。
もし自分が1人でやるとなったら、何をやりたいか聞くと、「一人ではなかったんですが、実はこのあいだやったんです。もう一人ボーカルをやっている人と一緒にやりたい曲をやろうと言って、海外ドラマの『グリー』ご存じですか? そこでレイチェルとクインという女の子二人が歌っていたTLCの「I Feel Pretty/Unpretty」という曲をやりました。他にも「Stand By Me」とか、ヒット曲メドレーやEGO-WRAPPIN’もやりましたね。いやー、日頃他のメンバーにどれだけ助けられていたのかを実感しました。ボイトレにも通ったりもしているのですが、ボーカルを鍛えつつもギターも平行してがんばります……!」
江口さんの自分から率先して行く姿は気持ちがいい。自分から笑顔になれば、楽しいことが増えていく。この行動倫理がある限り、江口さんには楽しいことばっかりが待っているんじゃないだろうか。浴衣は日傘に姿を変えて今まで以上に近い存在になる。アクティブな江口さんをそっと守る存在になってくれることだろう。
--江口智子さんの日傘が完成しました
江口智子さんの嫁入り道具の浴衣をループケアし、日傘に仕立て直しました。
--生まれ変わった日傘を手にした江口さんからうれしい感想が届きました
「日傘受け取りました。たくさん着たので、たくさん思い出がつまった浴衣でしたが、近頃は着る機会もなく、しまい込んでいたのが、素敵な日傘になって、両親や叔母たちが、25年前に結婚を祝福してくれたことや、この生地を選んだ時の気持ちが思い出されて、懐かしくて胸が熱くなりました。
ずいぶん色あせていたので、どうなるか、少し心配でしたが、いいところを選んで裁断していただいたようですね。
持ち手や傘の先などのディテイルもとてもおしゃれで長く使えそうなので、私が大切に使って、いずれは娘が使ってくれたら嬉しいなぁ、などと、想像してしまいました。
感謝の気持ちでいっぱいです!本当にありがとうございました。」
聞き手: 山口博之
写真: 山田泰一
聞き手: 山口博之
写真: 山田泰一
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