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山本美直さん

子を通して繋がる母の
ツーピース

18.06.08
HIROSHIMA

ヒトツトテ。というブランド名でカバンやアクセサリーを中心としたものづくりを続ける山本美直さん。小柄で明るい山本さんの人生は、聞けば聞くほど苦労の多いものであったが、当の本人はいつもどうにかなると前向きな姿勢で、ふらりと聞き手の思惑をすり抜けていった。

--Mitsukoはわたしであってわたしじゃない

「ヒトツトテの前に「Mitsuko」というブランドをやっていたのですが、それは自分の名前とは関係ないものでした。かばんを作り始めた時、古い物やビンテージ系の生地で作っていたので、ちょっと古いイメージの名前と言ったら失礼ですけど、商品を取り扱ってくれていたお店の方に付けてもらった名前でした。だから、よく聞かれるんですけど意味がない(笑)。4、5年前からヒトツトテ。というブランド名に変えました。」

昔のことを話しながら思い出すように、山本さんは話し始めてくれた。

「話が前後しますけど、ものづくりをする前は、実は料理人を目指してたんです。すごく遅くて30歳くらいの時。実際飲食店で働いて、その道に進むつもりだったんですが、3年しかできなかった。」

ここから山本さんの驚くような人生が話されていくのだが、本人が飄々としていることもあって聞いている話に重苦しい空気はまったくなく、「いやー大変でした(笑)」くらいに聞こえてくるから不思議だ。実際文字にするとなかなか大変な日々を生きてきた人なのだ。

--結婚出産離婚就職、子どもができて離職、出産するも再婚していない

「最初の結婚が21歳で、翌年に子どもが生まれたんですが、24歳で別れて、そこからずっとシングルマザーでした。飲食店に勤めたときもシングルマザーで、その時、新たな出会いがあり、子どもを授かったんですけど、再婚という道を選びませんでした。でも何とかなるっていうのが根っこにある。だからどんな時も、お金はないけど全部何とかなると思っていました。」

山本さんは1969年生まれ、上の子は27歳、下の子が13歳になる。

--内職からはじまったものづくりへの道とがん発覚

35歳で下の子が生まれると、外の仕事だけでは経済的に苦しく家でも仕事ができるようにしようと、ものづくりの内職の仕事をはじめた。経験があったり、得意だったわけでもなかったが、好きだったから修行のつもりでという持ち前のポジティブさで6年ほど、地道に経験を積んでいった。自分でも革の小物をつくってフリーマーケットなどに出店し販売し始めた41歳の時。内職の仕事を辞めることになる出来事が起きる。

「私、がんを患ってしまったんです。」

「駄目だこりゃと思って、全部仕事辞めなきゃ無理だと。それでもまた楽観的で、治るでしょうと思ってました。いろいろな人に聞くとストレスの影響が大きいから環境を変えるか、今の生活を変えるのが一番だと。自分では気付いてなかったけど、ストレスが結構あったみたいです。振り返ると、感じてないと言いつつ朝いつも吐きそうということもあったので(笑)。あんまりいい人生ではないけど楽しかったから、まさかがんがくるとは。」

がんがわかる前、出産した下の子が2歳で自閉症と診断されている。高齢で生んだこと、家庭的にもストレスがあったことなどを押して産んだ自分に責任を感じたこともあったが、それでも山本さんは落ち込まなかった。そうしたことを受け入れて、前を向いて歩き始めた頃のがん発覚。

「どんどんいろいろなことが起きて、さすがにちょっと大変でした。」

淡々と治療をこなす日々。抗がん剤治療中は、自分の母に子どもを預け、1人で闘ったそうだ。誰のサポートも受けたくない。通院で治療を受けてしんどい1週間を引きこもってひたすら耐える。治療の副作用が出ない1週間を使ってmitsuko時代のかばん作りを必死にがんばっていた。

「多分私は、つらすぎる記憶は全部消えていくんですよ。再発のない寛解まで10年と言われていて、まだ7年なので検査も継続しています。がん発覚後、体の調子を取り戻して本格的に仕事を始めた今が一番楽だし、幸せだなあって思っています。成功も何もしてないし、すごいゆっくりですけど、何のストレスもない今はとてもいいです。シングルマザーでの子育てはもちろん大変だけど、子どもがいたから私は今、生きていられるんだなあって。私1人だったらもうどうでもいいわって治療放棄してたかもしれないと思って。抗がん剤なんか絶対したくなかったし。」



「今は出展が多くて、販売員として表に出ることが多いんですよ。年なので嫌なんです。商品も作らなきゃいけないし、かわいい若い人が立ったほうが絶対いい。」

--シングルマザーとして、そして自分の両親のこと

出店で留守がちの家では、中学生になった息子はひとりでごはんをつくって食べて、寝て、母の帰りを待っているそうだ。普段の仕事は家でしていたが、子どもはしょうがないなーくらいに思っていたかもとのこと。

「『ごめんね、きょうも留守番しとってね』みたいに言いますけど、子どもは私のしてることに全く興味がない。こちらとしては興味を持ってくれて、あわよくば手伝ってくれたらと思っていたのに……。息子は、おばあちゃん孝行も兼ねて週末は母のところに行っていることが多いですね。私が母のところになかなか顔を出せないので、その代わりとしても。」

「こんなことお母さん怒るかもしれないけど、母は厳しい人でいつも怒っていたから、私が母に対して心理的に距離を置いてしまったのかもしれません。私も萎縮したような感じがあって嫌いだったなあと、しみじみ。」

とはいえ、今は息子を預かってもらうなど、なくてはならない存在であるのも確か。反対された最初の結婚の離婚後、実家に出戻って「ああ、別れたならそれはそれでいいんじゃない」と言ってくれた時は救われたと話してくれた。自分が優しくできない分は、娘や息子を間に置くことでどうにか解決している。『「ほら、おばあちゃんを連れてってあげて」とか、「おばあちゃんにご飯を買っていってあげて」とか、娘が私の分まで親孝行をしてるみたいなところがあります。直接はたぶん一生できないと思います。本当に子どもを通して母とつながってる。』

--母親が自分のお姉さんにつくってもらったもの

距離のある母との付き合いだが、今回アルバムにループケアするものはその母親のもの。

「結局は自分が今いるのは母のおかげだし、私が高校2年の時に義理の父が10年近い闘病の末に47歳で亡くなって母もすごい苦労をした人なんです。まともに働けなかった父の分、母は外で働きながら内職もして自分と似たような状況だった。今となっては母の気持ちが分かるんです。当時は家に本当にお金がなくて、一回の家族の食事が米1合しかない。毎日水分で膨らませたおじやですよ。だから大人になって雑炊が食べれないんです。母は今もいい生活をしているわけじゃないし、かわいそうだなとは思っているんです。でも一緒には暮らせないというか、この距離が優しくできる適切な距離。だから、なんだかんだ言っても私の人生は、母ということなんでしょうね。物づくりも母が内職で、編み機を使っているのを見ていたし、作って店頭で売るようなことはなかったけど、個人でオーダーを取る仕事をしていました。そういう影響が今の自分にあるのかなあって。」

今回のツーピースは、山本さんのお母さんが洋裁をしていたお姉さんに作ってもらったもの。「なにか思い入れのある昔の服ない?」と聞くと「お姉ちゃんの作ってくれた捨てられんのがあるんよ」と出してくれたそうだ。50年くらい前の写真は、きっと母が務めていた会社の社員旅行で行った別府。

「プリーツスカートにどてらを着た私が写っている85年のこの写真は、唯一ある家族の写真です。家族4人、お父さんとお母さんと自分と妹が写っているのはこれだけ。娘と息子と母が写っている写真は小樽で撮ったものです。母がずっと北海道旅行に行きたい言っていたのを、2016年にやっと実現させたんです。」

唯一の家族写真と祖母と孫の思い出の写真。アルバムにはこの写真が入るのかもしれないが、元々の服はお母さんのものなわけで、山本さんはお母さんにこのアルバムをあげたりするのだろうか。

「自分で使います。あげませんよ。」

聞き手: 山口博之

写真: 山田泰一

PROFILE

PROFILE

山本美直

ブランド「ヒトツトテ。」作家

1969年 広島生まれ
20歳から料理人の道を目指すも出産を機に方向をかえる。
その後、パートアルバイトの仕事そして二人の子育てと並行して縫製のスキルを身につけオリジナルブランド「ヒトツトテ」を立ち上げる。
デザインから製作まで自身で取り組むデザイナーとして各地でPOP UP SHOPを展開している。

聞き手: 山口博之

写真: 山田泰一

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