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福居良子さん

おばあちゃんの羽織

17.04.21
HIROSHIMA

ファッションクリエイターである福居さんは、自分が小さい頃からおばあちゃんが着ていたという着物と羽織を持ってきてくれた。日頃から服を作りだす福居さんにとって、服は他の人よりもっと特別なモノ。モノに宿る記憶を新たに移し替える前に、おばあちゃんとはどんな人なのか聞いた。

--少ない写真のなかでも、特に貴重な目線がある写真

福居さんが持ってきてくれたおばあちゃんの写真は、着物を着て羽織を羽織り、赤ちゃんの福居さんを抱っこしているお宮参りの記念写真だった。スラっと背が高く、見事に洋服を着こなしている福居さんは、いまでも日常的に着物を着ているのだそう。持ってきてくれた着物を羽織ってもらうと、袖の長さが寸足らずだった。背の高い孫にとって短いその袖は、当時の女性としては普通の身長だったおばあちゃんのかつての腕の長さなのだ。

「派手が嫌いで、目立つのも嫌い、地味な人です」とおばあちゃんについて話してくれた福居さん。写真を撮られるのも嫌いで、孫との写真ですら少なく、まして目線がある写真はとても珍しいそうだ。だからこそ福居さんにとって、自分と一緒に写るこの写真たちは大切で、その時に着ていた着物をとても大事に思っている。仕舞いっぱなしでダメになる前に、羽織を傘にループケアしようと思ってくれたのも、そういう思いもあったのではないかと思う。今ではおばあちゃんが着物を着ることはないけれど、着ていた着物はあって、それを日傘にすればいつでも近くに感じることができるんだと。

--言葉と手と

「“嘘をつくな、絶対という言葉を使うな、とよく言っていた」というおばあちゃんは、言葉にとても敏感な人であったことを想像させる一方、遊びながら福居さんに裁縫などを教えてくれたそうだ。「絵を描くようなデザインの作業よりも手を動かすことが好き」と話す福居さんの原点には、そんなおばあちゃんとの時間が原体験/原風景としてあるのかもしれない。

地味な祖母が福居さんはとても好きだった。双子である福居さんは、ふたりでよく電車に乗っておばあちゃんの家に泊まりに行っていた。時にはふたりに友だちを加えて。自分の家ではなく、離れたおばあちゃんの家に友だちと泊まりに行くと聞いて、ちょっと驚いた。「それって珍しくないですか?」という質問に、特に疑問を感じていないようだった。それはきっと、離れて暮らしていてもそれだけおばあちゃんと親密だったということなのだろう。

--おばあちゃんにしてあげられること

18歳で東京の服飾専門学校へ入学し、約10年間衣裳製作として過ごした後、元々大好きだった地元に27歳で戻ってきた。1点ものの衣装からダンスチームのユニフォームまで様々なオーダーがあるなか、工場に頼むような量ではない少数のものは、自分でデザインし、縫製まで手がけている。おばあちゃんにもブラウスやカットソーをつくって何度もプレゼントしている。もちろんシンプルなものを。

「自分がすっぴんになった時、自分が子供の頃のおばあちゃんを思い出すんです」。写真嫌いのため、名残を残すものはおばあちゃんが持っているモノになる。思い出の品を、忘れたように奥に仕舞っておくのではなく、使いながら何度も思い出すこと。これからは、バッチリメイクでキレイな格好をしたよそ行きの時でも、日傘があれば、いつでもおばあちゃんを身近に感じることができるはずだ。

聞き手: 山口博之

写真: 山田泰一

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