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迫谷道代さん

三人の子どもが着た
ベビーウェア

18.01.18
HIROSHIMA

前回ご登場いただいた革職人、迫谷隆之さんの奥様である道代さん。働いていた眼鏡屋さんの同期だった同い年の二人は、25歳で結婚をする。笑いながら「向こうが私にベタ惚れでした」と話してくれた(本当か嘘か確認を忘れてしまった)道代さんは、隆之さんと一緒にどんな日々を過ごしてきたのか伺った。

現在46歳のお二人は、1998年に長男、2000年に次男、04年に長女と三人の子どもを授かった。今でこそ旦那さんは職人として製作をし、自分で時間を管理しながら働いているが、会社員時代の多忙ぶりは大変なものだったそうだ。

「旦那のいた部署が特別忙しいところだったのもあって、休みもほんとなかった。朝は多少ゆっくりだったけど、帰りが12時なら早いねというくらい。」

二人が関わった新規出店の仕事の途中で子どもが生まれ、道代さんは会社を辞めた。社内でも新しい試みのお店でもあったため、やりがいのある職場であることは一緒に仕事をしていたからわかっていた。けれど、出産と育児の時期に多忙で夫がいないという状況。家庭崩壊の危機にまで話しは及んだ。

「辞めるまでは私も同じぐらい仕事をしていたのが、急に子育てになったじゃないですか。いきなり閉鎖的な家の中だけの生活。しかも全部初めてのことで、周りにあまり友達もいなくて精神的にかなりしんどかった。ニ人目が生まれた頃、一人での子育てがあまりにも辛くてね、私も自分のやりたい仕事をしたい。子どもを預けて働くけん。そしたらお互い別々の道を行くようになるね、っていうぐらいのところまでいきました。」

「私たちにとって本当にやりたいことは何で、どんな暮らしがしたいのか、そこから半年ぐらいかな、12時過ぎに帰ってきてから毎日話しました。それで、いまの仕事はもう辞めんさいって。辞めたほうが絶対ワクワクできるよって結論になりました。それなりの役職にいて、子どもがニ人いて、で私は働いてない状況だったのにです。まぁ、みんなには反対されますよね。」

隆之さんが話してくれた辞めたときの根拠のない自信を、妻としてどう見ていたのだろうか。

「その自信はお互いに感じてました。私も大丈夫と思ってたから、いいよ辞めんさいって、むしろ私から言ったくらい。この人は絶対に何とかすると思った。一生できることをやるべきだと思って、何とかなるよって。楽しかったですよ。今、振り返るとすごいしんどかったと思うけど。お金も余裕も全然ないし。」

楽観的なだけではない、お互いの信頼があるからこそ出てくる言葉はとても強く響いてくる。隆之さんは仕事を辞めたが、道代さんが再び働きに出ることはなかった。そもそも家のこと、特に子育てを集中してやりたかった。湯来町に移ったのも、そのためでもあったそうで、子どもたちを『おかえり』と家で迎えたいとずっと思っていた。仕事は自宅でできる、革の財布に付けるシルバーコンチョをはじめとしてシルバーアクセサリーやビーズのコンチョづくりをするようになっていった。

「不器用ですけど、作るのは好きでした。被服系の学校にも行ってたので、縫い物も好きですし。広く浅くですが、刺しゅうや編み物、染め物もやりました。」

夫婦が共に感じていた無根拠な自信は、間違いではなかった。子どもが小さい時に独立して苦労してきたのも良かったのかもしれないと話てくれた。

子どもの成長とともに、親も社会で独り立ちしてきた迫谷さん夫妻。子どもたちは、そんな親たちをどう見ていたのだろうか。田舎に引っ越した結果、子どもたちにとっては街に行くことが遠くて大変だという反発もあったという。

「でも、その反動で車好きの長男は自分でバイトしたお金で、名古屋や千葉まで車のイベントに行ってました。高校三年生の時にはアメリカまで行きましたからね。だから反面教師で良かったかなと。」

隆之さんが思っていた自然のある暮らしというのは、夫婦共通の願いでもあった。

「野草が好きで。山野草が安心して摘める所に住みたかったんです。梅とか柿の木とか果樹も植えたい。そんな暮らしができればいいなって。湯来を選んだのは、たまたまなんですけどね。」

一番下の娘も中学生になり、徐々に親の手を離れていくいま、道代さんは長男のために作り、下の二人もお下がりとして着てきたベビーウェアーをループケアしたいと思った。子供服は、ほとんどをあげてしまったそうだが、この一枚は好きで手元に残していたという。

「私が作りました。Tシャツとかを仕立て直して、着せたりもしていたんですよ。だから、ベビーウェアは全然買ってなくて。長男も18歳を超えたので、孫まで置いておこうかなと思ったりもしたんですけど(笑)」

「子どもの服は着る期間が短い。だから三人着たけど全然ダメになってない。ちょっと色はあせてますけどね。子どもの写真を探すのにアルバムを開いたんですが、もう懐かしくて。昔過ぎて自分のことじゃないみたい。頑張ってきたねって、自分たちを褒めようと思います(笑)」

道代さんが子育てと平行して頑張ってきたことのひとつに、カンボジアに哺乳瓶を届けるボランティア活動がある。

「一番下の子が2歳の時、当時まだ不衛生だったカンボジアにキレイな哺乳瓶を届けるという活動をしていました。当時、九州でやってらっしゃる方がいて、自分の子どもがまさに哺乳瓶を使っている時期だったから気持ちも意味もわかって、私も集める!って言って。とりあえずミクシィで呼びかけたら、予想を超えて全国から集まってしまって。みんなの思いを私が持っていくと勇んで、子ども三人を置いて1週間カンボジアに届けに行きました。」

道代さんのその活動は1回だけでなく、継続的に行われた。カンボジアへの2回目訪問時、隆之さんのランドセルの納期と完全にかぶってしまい。大変な思いをしたと隆之さんが振り返った。

「行ったのは2月だったんですけど、4月の入学式までのランドセル製作が溜まっていて、納期がありますからね。今行くか、と思ったんだけど、行くけえって。その間、子どもに食べさせたり、寝かせたり、洗濯したりいろいろしなくちゃいけない。その影響で、最後の納品の方は入学式の前日になってしまいました……。子どもを保育園に迎えに行って、それから一緒にその方の会社に届けに行きましたね。多分人生で一番集中力を発揮したんじゃないかな。きっとあれが限界値(笑)。」

「その後はちょっとあれだったよね。このまま私が続けてたら、我が家は空中分解するぞって。あの時もいろいろ話したね。入り込んじゃうんですよ私、思い込みが強い。」

とはいえ、その活動のおかげできっと命がつながれた子どもさんがいるはずだ。

「いい経験になったなと思っています。今、ちょっと忘れてました(笑)。」

仕事も子育ても自分たちの好きなことも、全力で取り組んできた二人。三人の子どもが着た服はアルバムになる。今後、自分たちの元から巣立っていくであろう子どもたちの写真が入るのか、作品写真が入るのか。はたまた道代さんが何か新しく入り込む何かが入るのかもしれない。

聞き手: 山口博之

写真: 山田泰一

PROFILE

PROFILE

迫谷道代

作家

1972年生まれ。
短大卒業後、眼鏡専門店で企画・販売の仕事に就く。
結婚、出産を機に家庭に入り3人の子育てと夫の作家活動をサポートする。
自身も革ものアクセサリーのデザインと制作を手掛け現在「moss laughter」
という自身のブランドを立ち上げて、「護りもの」をテーマにものづくりをしている。

聞き手: 山口博之

写真: 山田泰一

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