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迫谷隆之さん

祖母がつくった
母の着物

18.01.18
HIROSHIMA

革のブランド「革個者 Natural Mind」の迫谷隆之さんは、かつて広島市内の会社に所属し、忙しく働いていた。それがいまは山に囲まれた湯来町で工房構え、職人として革ものをデザインし制作している。人生の大きな舵を切ったこれまでと支えとなってきた家族のことを伺った。

今年46歳、革の仕事を始めて16年目、湯来町に来て11年になる。迫谷さんは注文の多くを直接オーダーで受けるスタイルで仕事をしているそうなのだが、であればお客さんが来やすい街中にアトリエがあった方がよいのではと思っていたら、「お客さんは結構喜んで来てくれるんです。打ち合わせもですが、受け取りもほぼ来てくれる。送ることもできるんだけど、取りに来たいって言ってくださるんです」と話してくれた。そう言われてみると、注文した人が自分のためだけのものを作ってもらっている工房を訪ねたいと思うのは不思議なことではない。

30歳から始めた革の仕事。それまでは眼鏡屋で販売をしていた会社員だった。眼鏡屋は半医半商の商売。処方するような仕事と、眼鏡をつくり販売する仕事があった。

 「元々はホテルマンになりたくて、専門学校に行ったんです。接客に興味があってその頂点がホテルなんじゃないかって思っていたんです。ただ結果、縁あって眼鏡屋に就職したんです。」

眼鏡屋での仕事はやりがいもあり好きな仕事でもあったと言う。それがなぜ辞めようと思ったのだろうか。

 「勤務していた最後の方は、役職のある地位に就かせてもらっていて、それがなかなかにハードだったんです。日が変わる前に家に帰れないような毎日でした。がんばった分、評価されるはいいことだったのですが、それが結果的に自分を追い込んでいた。1日8時間働いて8時間寝たとしても、あと8時間あるということに気づいてなかったんですよ。もしそれができれば、8時間を自由に使えるんだと思った時、これからの人生を本気で考えなければと思うようになりました。そのときに30歳の手前。このまま40ぐらいになった時自分に何が残るのかを常に考えていましたね。」

迫谷さんが27歳の時に長男が、29歳で次男が生まれている。つまり奥さんが妊娠、出産、育児といった時期にそれだけの多忙ぶりだったということ。
 「全然子どもらと接する時間もなくて、今後の生き方を本気で考えないけんなと思っていました。そこから半年くらい仕事から帰って毎日カミさんと今後の生き方について話しをしたんです。自分たちが今後どんな生き方をしたいか初めてちゃんとじっくり話したんです。それがすごい良かったんですよね。そのときに話した内容が、ほぼ今なんですよ。」

当時話していたことは、迫谷さんが10代後半から思い描いていたことでもあった。忙しすぎる毎日を終わらせた時、根拠もなく何かできるだろうと自信があったという。

 「作ることが好きだったので何ができるだろうと考えていたのですが、それが何かまだ分からなかったんです。だから最初は木工をやってみたんです。色々作っていくうちに、設備投資という現実が見えてきて……。それから知り合いのカフェで働かせてもらっていた時に、燻製に出会って、これはおもしろいと燻製もやってみたんです。田舎暮らしもしたいし、山で燻製しながら生活出来たらいいなとイメージが湧いたんですが、これも設備投資や資格や基準のハードルがとても高くて、諦めました。
ちょうどその頃、財布が欲しいなと思って探していた時、手縫いの革財布に出会ったんです。ちょっと衝撃が走りましたね。でもその頃の自分にとっては高価で買えなかった。ならば自分で作ろうと始めたのがきっかけでした。」

始めてみたもののそうそう上手くいくわけはない。なかなか思うようにでき上がらなかったが、すごく楽しく、作ることの楽しさを味わったという。でも仕事になるとは思っていなかったと当時を懐かしがりながら話してくれた。数ヶ月いろんなものを作り続けていたある日、小さなバッグを依頼される。それが革の初めての仕事だった。すごく気に入ってもらえたことが自信になり、こういう生き方が可能なのかもしれないと思い始めた。そのお客さんが雑貨屋を経営しており「うちの店にちょっと置いてみんさいや」といくつか置き始め、仕事ととして動き出す。さらに当時アルバイトをしていたバーでもお客さんから注文を頂き仕事も徐々に増えていった。3年ほどこのスタイルで働いたそうだ。しかし、そのバーを辞めるというときが一番怖かったと迫谷さん。

「辞めないとずっとバーのアルバイトの収入をあてにした作品作りになると思って、辞めるという決断をしました。」

 辞める時、家族になんと言ったかと聞いたところ、奥さんに向かって「あれ、相談したかいね?」と覚えていないようだった。意外と大事な決断も覚えていないものなんだなと思ったが、「その前からずっといろいろ話してきたもんね」と奥さん。革の素人だった人が徐々に仕事をしながら覚えていった。「失敗したこともありますか?」と聞くと

「ものすごくたくさん、人には見せられない失敗もしました。それらを入れていた箱もいっぱいになり、ときどきそれをカミさんと見て一緒に苦笑いしていましたね。失敗をすると落ち込んでしまうから、あえて”お笑いボックス”と呼んでました。」

 街中から自然豊かな湯来町に来たのは、革の仕事で独立したこととは別だという。さっき話した8時間分自分の時間がある生活を大事にしたかった。そういった意味でこっちに来ることを選んだ。これから何を追求していきたいかなと思った時、仕事だけではなく日々の暮らしも充実させていきたいと考えるようになった。

生きることと暮らすこと、働くことが別々のものなのではなく、迫谷さんと家族という大きなくくりの中で一体化し、自然な日々が営まれている。そんな迫谷さんがループケアしたいものは、そうした人生観に影響を与えた祖母がつくった母の着物だった。

 「着物は母のものなのですが、今年(2017年)の6月に99歳で亡くなった僕の親愛なるおばあちゃんが、母の踊りのための衣装として作ったものです。母が生地を選び、祖母が仕立てました。祖母は、僕が母のように慕っていた人ですごくかわいがってもらいました。母が踊っているところは見たことないんです。だからこれを着てる姿も見たことない。母が着た時の思い出というより、おばあちゃんが作ってくれたものという意味での思い出。母も今後いつか着たいという思いはあるらしいんですけど、実際はそう着ないだろうし、これを傘に仕立ててもらって母にプレゼントしようと思ったんです。」

親愛なるという言葉を使うほどのおばあちゃんとの繋がり。おばあちゃんとの付き合いは、ただの母親の母親ということとはちょっと違う距離があるようだ。

 「母が僕を出産した時に長いこと入院していて、その間おばあちゃんが僕の面倒を見てくれていたんです。僕には優しかったですけど、母からすると厳しい人だったって。母が産まれる前日にお父さん(祖父)が戦死したんです。おばあちゃんは戦後母子家庭で3人を育てたんです。」

 働きながら女手一つで3人を育てる苦労は、大変なものだっただろう。そういう話をおばあちゃんがしてくれることはあったのだろうか。

 「昔の話はあまりしてないかな。冗談をよく言うおもしろい、ユニークなおばあちゃんでした。100歳まであと2週間で亡くなったけど、99でもしっかりご飯を食べてましたからね。」
 「僕が初めて個展をした時、眼鏡ケースを買ってくれたことがありました。15年くらい前で、まだ元気な頃でした。『何か買ってあげないけんね』と言いながら、眼鏡ケースなら使うだろうと買ってくれたんですけど、次に会った時『これちょっと使いにくいから返すわ』って…、ショックでしたねぇ(笑)。買ってくれたのはうれしいけど、まさか返品されるとは。」

迫谷さんのお母さんは、自分が着た着物が姿を変えて目の前に現れた時、どんな顔をするだろうか。亡くなった自分の母との思い出が蘇るかもしれない。その時、迫谷さんもきっとおばあちゃんのことを思い出している。受け渡しの現場はきっと相当に暖かい気持ちに溢れているはずだ。

聞き手: 山口博之

写真: 山田泰一

PROFILE

PROFILE

迫谷隆之

革作家

1971年生まれ。
専門学校卒業後、眼鏡専門店での販売職に就く。
店長の役職まで経験するが、人生を見つめ直したとき新しい道を選ぶことに。
現在は、革作家としての道を歩んでいる。

聞き手: 山口博之

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